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こちらの記事の追補としてサラっと。
ともだちの「やったのは僕だよ」カムアウトはやはり,20th century boyを
BGMにしつつ・・・という原作設定の方がよかったのでは。
映画では,独裁者が邪悪な素顔を見せたというニュアンスが際立って
それはそれで一つの恐怖の表現ではあった。
原作でともだちがT・REXを流すのは,ケンヂの「放送室ジャック」を
運命を変えたカタルシスとして意識していたからだ。
策を弄してきたともだちが,ある種のまっすぐさで
正面からケンヂに宣戦布告した結果があれ。
何年も何年も,そうさやってやるぞと心の準備をしていたんだろう。
しょせんマネッコというのが彼の器を物語るようではあるけど。
世界の支配者が放浪のテロリストに意地を張る。
ともだちが一番人間的な瞬間でもある。
イジメの思い出で嗚咽する場面で共感した人も多いそうだし,
ならばなおさらジャジャーンは欲しかった。
一人の20世紀少年の魂の叫びなんだから。
 
何と言っても見たのが昨日の今日だし,
まだダラダラ感想が出るかも知れないがとりあえず。
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