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映画の話。
「終わりの始まり」「最後の希望」まで観たので感想など。
原作を読んでいない人には何が何だか、だろうという心配が第一。
「これ誰?」
「何でこんな事してるの?」
意味を求めてつまづきまくる事必至。
そういう人は蚊帳の外で,ヘタをすれば
「訳わかんないしもういいや」になりかねない。良くねぇ。実によくねぇな。
漫画をおおざっぱになぞってイメージを再現したプロモーションとして
ボケっと流して観るのが正解なのかな。
何にせい空缶はどんなメディアであれ右脳でしか受容してない奴なので
あまり問題なかったりするが。
ただ,細かい事は抜きにしても「終わりの始まり」ラストはヤバいっしょ。
太陽の塔も吹っ飛んでるし、ケンヂ達もともだちも死ぬだろ普通。
もしかしてあれは「俺がハマーだ!」 のオマージュなのか。
あと,時間の都合で端折るにしても,取捨選択のバランスが悪い気がした。
ともだち復活に法王は不可欠だと思うし
(身を挺して法王を守ったという感動がないとあまりに安すぎる),
カンナ奪取部隊のエピソードを描いて七色キッド工場の話を省略するとか。
要するにコイツkojotyo.gifの再現度100パーセントの役者を映したかっただけちゃうかと。
幽霊屋敷のテルテル坊主も省いてはいけない場面だと思う。
teltel.jpg

遠い記憶の彼方,少年期の神秘と謎というベールに包んで
「発端は子供時代の確執」というキモを実に上手に表現しているからだ。
思春期前期の不安、胸がザワつくようなこの感じ・・・
もしかしてこのへんがネタ元?
nachtmusik.jpgToyen.jpg
左・ドロテア・タニング「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」右・トワイヤン「休息」

何にしろ「<最終章>ぼくらの旗」未見なので,つらつら書いた不満は
もしかすると解消されているのかも知れないが・・・。
で,前記事で書いた事に関係するけど,サダキヨの回想で
ちゃんとお面の子が二人いたのは改善点だった。
いきなり「誰コイツ?」にならずに済む・・・筈だが果たして。

今のところよく繰り返し観ている部分は血の大晦日のくだり。
アスファルトを砕きながら突進する張りぼてロボの迫力といい
あえなく殉死していく自衛隊と警官隊の哀れさ無念さといい,映画的醍醐味って奴。
真下から見上げたロボ裏側の荒び具合は,何と言うか悪のデウスマキナというか呪術的迫力がある。
無意味な操縦席(独身者の機械だ!)のモニタに映るともだちは
怨霊的な恐さを帯びていて絶妙だ。そしてウイルス溶液の霧に浮かぶ太陽の塔・・・
観る程に溜息の出るシークエンスである。
最後の爆発だけは疑問なんだけど。
因みにマルセル・デュシャンは首なしマネキンのインスタレーションをしたけど
確実に関係ないですね。

あと,よく言われるがキャラの再現度。
kannakyoko.jpg
この子たちはもちろんコイツらとか
yanma.jpg
この人とか。
nitani.jpg

人選の勝利でもあろうが,浦沢先生が人物の特徴を丹念に描き分けて
生き生きと動かしてきた結果でもあり、作者冥利とはこの事だろう。
宮迫がほぼノーメイクでケロヨンだった事も驚きだった。
ただ,映画化の話もない頃から,空缶は漠然と「ケンヂはユースケサンタマリア!」
と思っていたので彼のまさかのサダキヨ役は意外だった。
じゃあサダキヨの適役と想定していたのは誰かと言うと
torihada.jpg

そんなこんなでけっこー楽しめるんじゃないでしょうか。

titan_20090918014356.jpg

追記:
特に小泉響子の再現度はパーフェクトとしか言いようがない。
あたふたビビリまくる様にヴァーチャリティー的な幻惑感があった。
それから,まんま本人・・・を果たせなかった故・ポール牧に合掌。

追・追記:
書き忘れた。駄目出しした「ともだち復活シーン」だけど,
復活に湧く客席を斜めから捕えたショット,あれが何だか
本物の大阪万博の記録映像みたいでちょっとギョっとした。
この映画の為に撮り下ろした映像ですよねアレ?
薄暗さと,やや色あせた感じが妙に昔のフィルムのようで
回想シーンとはまた違う、リアルな70年代感を醸していた。
暗いから偶然そうなっただけかもしれないが。


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