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昨日の続き。
校舎屋上でのカツマタ君、ケンヂのすれ違いを見る限り
カツマタ君はケンジに一種の憧れを抱いていたんだろう。
希薄な自分にはないケンヂの濃さに惹かれたというか。
ケンヂを真似した狂気のカムアウト(ケンヂは放送室ジャックだが
カツマタ君は全世界ジャックだ)と「20世紀少年」宣言は
愛憎こもごものケンヂを意識しつつ超えようという足掻き。
そしてケンヂ一派が高邁な理想をかかげて戦うのに対し
カツマタ君の方法は初代ともだちの作った世界を更に歪ませて
グロテスクなパロディにした挙げ句、終わりにしてしまう事だった。
資質の差と言える。
sadakiyo.jpg
ユースケがサニティでコミカルであるが故に恐いという逆説
いい怪演でした


ともあれケンヂ側には「ともだち体制打破」という直線的な戦いがあり、
カツマタくん側にはそういう陽の当たる者へのねじけたジェラシーと
初代ともだちへの反感という二律背反的な葛藤があり
ケンヂ側と「反ともだち」で重なりつつ自らがともだちそのものでもあるという。
うーん深いですね。って合ってるのかこの解釈。
で,昨日も書いたけど,こういう超キーパーソンがなぜ,
付随する諸々の描写を省かれ流され適当キャラになっているのか。
漫画の序盤から何度か「理科室のカツマタくん」と噂されているので
予め重要な役回りが予定されていた事は推測できる。理科室はこの漫画のキーワードだし。
で,謎のお面の子が二人いましたという強引ないきなり設定。
早い話、カツマタくんとして構想されていた人物がキャラ一人歩きを始めて
サダキヨちょっとイイ話を演じた結果つじつまが合わなくなり,
肝心のカツマタくんがあたかも継ぎ足し後付けのような扱いになったのではという。
これがカツマタ問題の真相ではないかと空缶は妄想する。
えーとどう映画の話に持っていこうか。続く。
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