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という訳で続き。

夜にはずっと深い夜を夜にはずっと深い夜を
(2009/08/06)
鳥居みゆき

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どこかよじれて破綻した人たちの織りなす短編集。
ひとつの話でひとりが登場し、よじれた関係性で次の人の話に続いていく。
そして最後の話がこれまたよじれて最初の話に関連づけられ奇妙な輪が出来上がる。
これはシュニッツラーの「輪舞」のヴァリアント。
輪舞 (岩波文庫)輪舞 (岩波文庫)
(1987/07)
シュニッツラー

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輪舞の方は上流階級の紳士淑女の下半身繋がりというおおらかな関係性があった。
発表当時は発禁処分だったらしいが
空缶は「輪舞」を、探検ごっこに行った先の崩れかけた廃屋で発見し初めて読んだ。
元の持ち主は読書家だったらしく岩波や春陽文庫が散乱する書斎跡。
屋根の穴から差し込む陽を浴びながら、過ぎた昔の典雅なエロゲームに思いを馳せたあの日。
ジブリアニメのような午後だった。
とまぁ輪舞にはことさらおおらか、うららかという印象がある空缶だが、
が「夜には・・・」の作中人物たちは皆、
あり得ない奇妙な悩みに悩み抜きドつぼにはまっていくばかり。もう駄目じゃという所で
ハイ次お前!とばかりに次のよじれた人物が出てきて・・・の繰り返し。
「ふわんでふわんでしょうがない」切迫感に満ちている。
そしてこれは永遠に続く輪の中で終わる事がない。
粗雑な要約めいてあまり使いたくないけど多分にメンヘルである。
ここしばらく、空缶は風邪なのか体調が悪く、寝たり起きたりだった。
寝付けない真夜中というのはこの本を読むにはうってつけの状況でラッキーだった。
ジブリ屋敷で発見しなくて本当によかったという。

で、鳥居本人の言と思われる巻頭と巻末のモノローグ・・・
を読んでふと思い出したのが歌手の山口百恵だった。
いつもどこか翳りのある物腰で、自らの不幸な生い立ちを本にまとめたりしつつ
太くたくましくスター街道を走り抜けた希代のアイドルを故・寺山修司は
「最後の河原乞食」と形容した。
momoe.jpg

そして、まるで遺書のようなあの二編の言辞。
でも鳥居みゆきは今日もテレビではじけまくっている。
彼女もまた河原乞食の系統なのだろうか。そう思いたい。
だって何かのサインだったとしたらあんまりだ。
存在証明としての著述という意味ではあろうが、彼女を認知するほどに
彼女が消えやすくなるというのは物騒ではないか・・・
これが「ふわんでふわんでしょうがない」なのか。いやマジで。
・・・こうして読者もまた、作品の一部のように取り込まれているのかも知れない。
願わくば次回作でもザワザワさせてもらおうじゃないか、くそぅ。
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