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Appleがこういうものを発表した。

ipad.jpg

その名もiPad。
デカいiPhoneなのか、iPhoneがこれのミニチュアなのか。
空缶がパっと思ったのは電車通勤のお供にいいねという事。
でも目立つので使用がためらわれるしカツアゲされるかも知れない。
普及するまではちょっと勇気がいるな。
それに数十分の暇つぶしなら携帯で事足りる。
むしろこれで本格的にブラウジングなどするなら小一時間は欲しい。
長距離の電車通勤ならけっこう嬉しいアイテムかなぁ。
ノートパソを持ち歩いているビジネスマンには朗報になりそうな気もする。

追記:シングルタスクらしい・・・

電車通勤していない空缶ならどう使うか。
ゴロ寝しながらネットをチラ見する・・・でも空缶の場合、
macminiをいじくるだけいじって、睡魔が襲ってきたら
即スリープを叩いてすぐそこにあるベッドにダイビング。
それに以前、寝返って頭で音楽プレーヤーを壊した事があるので
こういう大物は寝床に持ち込みたくない。
ゴロ寝派には福音・・・でも微妙に腕疲れそうじゃね?じゃね?
個人的には、これを据え置きで使うのは論外だ。キーボードを接続できるらしいが
いかんせんモニタが小さすぎる。
ただし図書館などで公共の情報窓として提供するような使い方なら、
持ってよし置いてよしでスマートだろう。
空缶の生活で唯一輝きそうな使い方といえば、ビニール袋に入れて風呂でネット遊びかな。
風呂好きなので湯船に色々持ち込みたいというね。
思う事は、夢のテクノロジーによって携帯サイズの本体から
知覚神経にダイレクトに情報を送ってくる未来のモバイル・・・
そーいう夢のモバイルを想定すればこれも過度期の一品だという事。
「うわ?2010年代はこんな大きな板をモバイルしてたんですね?w」
「無骨だねぇ。でも逆に携帯性を優先すると、こんなちっこい窓になっちゃうからw」
なんてね。
でも逆に考えれば、手頃なサイズの板に情報が書き連ねてあるってのは
メソポタミア以来人類にはおなじみな訳で、それはなぜかといえば
板というのは情報媒体として優れているからだ。
扱いがよく、面をパっと見れば情報を把握できるイージーさ。
そして木板や粘土板を軽量化したのが羊皮紙やパピルスであり、
更に多くの情報を詰め込むためにレイヤー化したのがノートや本。
そしてノートや本の膨大な情報量を保持しつつ、一枚の板というシンプルな原点に回帰したのが
今回のiPadだと空缶は思う。
どんなに小型化技術が進んでも、豆粒サイズの情報機器と平行して
板状の情報媒体はこれからも一定のニッチェを保つだろう。
何より情報の編集に必須とされたデバイス・・・葦の茎、蝋石、鉛筆・・・から解放され
ようやく、指だけで精緻な編集が可能になった・・・
というのが案外、iPadの最大の目玉かも知れない。
そして指で描くというのはメソポタミアより昔から、人間が地面に対してやっていた事でもある。

jobs-ipad.jpg
発表会のこの部分で
「こんなでかいのうちに置けねーよ!値段幾らだ!」とコンマ三秒ほど素で困惑したのは空缶だけでいい。
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