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パソが逝きそうなので今夜のうちに書いておこう。
床屋からもらったのか,子供会のリサイクルで入手したのか思い出せないが
ある夏の日、ボロボロのジャンプに載っていた「生物都市」を読んだ時の衝撃は忘れられない。
S・キングじゃないけどあの夏,空缶も友達も皆、SFの下で僕らはひとつだった。
子供は子供だましで駄目になる生き物で,ああいう秀作に早くに出会えた事は
本当に幸運だったと思う。
そして妖怪ハンターのヒルコ様の救われない暗さの上にも暗さ。
耽美な人なのかと思っていたらゼズ様の胸にこみあげる感動。
・・・うちは母方が代々キリシタンだったそうで,祖父までは敬虔なクリスチャン。
先祖伝来のマリアのメダルなどもあってゼズ様話はドつぼだった。

暗黒神話のSF史に残すべき堂々のラスト。
単独でこれだけ新たなツボを開拓したのは諸星大二郎とアミバくらいではなかろうか。
そんな諸星大二郎の一つの特異な頂点として「マッドメン」は位置している。
特徴的なのは,バックグラウンドとなる神話やニューギニア事情といったデータの
上手な料理の仕方。当然、漫画としてのフィクションも多分に混じってはいるのだろうが
特筆すべきは,諸星大二郎という人がデタラメをこじつけたというのではなく
神話と事象にまつわる照応関係を正しく見抜いたという事。
中世の『照応』という概念-ベラドンナの花と実が眼球に似ているから目薬になる-
というものが空缶はケッタイなものにしか思えなかったのだが,この漫画を読んで
その意味が実感できた。
日本神話とニューギニア神話の照応は歴史的伝播で説明できるとしても
実際のオンゴロが登場し、そこで古代神話が再縁される驚異。
そしてそのオンゴロは恐らくは環アジアの造山運動-国産みの中心地である。
類似の範疇を越えて、神話構造が世界をあまねく覆って作用しているのだ。
mudmen.jpg
小理屈はともかく,このへんのブ厚い迫力がマンガとして素晴らしい

「輪」として繰り返される神話とは一体何か。
大いなる者から逃げるナミコとコドワの印象的なツーショットがそれだ。
男と女-生身の恋人にもなり世界創世の元ともなる「原理」そのものが
条件と役者さえ揃えば機能し,ミクロからマクロまでに影響する宇宙の仕組み。
一例を挙げれば石油会社の社長はアエンに憑依されたように描写されているが,
そうではなく偶然「アエン的立場」というポジションを得て機能したと看做すべきである。
ハリボテの飛行機が飛ぶのも魔法ではなく原理の帰結である。
恐らくあそこで飛ばなければいけない宇宙の必然なのだ。
原始キリスト教の地下潜伏から現代までを「偽りの時間」として
1974年当時を実は紀元70年頃と推理するディックによれば
「正しくマジメに洗礼をする時、人は時空を越えて古代イスラエルに重なる事になる」
との事。ディックがどこまで本気かは知らないが。
ある特徴的なリアクションがトリガーとなり大いなる原点に回帰できるという視点は
マッドメンの世界観と一致する。
もちろん古代の洗礼が絶対的権威という訳ではなく
洗礼という行為自体が何か大いなる原理の表現なのだ。過去も今もない。
いやどこまで本気か知らないが。
何はともあれコドワは「輪」を破ったつもりでいるが,男と女、何かを作るという行為は
大きな視点で見れば、実は輪の中だと空缶は見る。
ほんとに輪が破れるのは宇宙が終わるその時だけだと思うので。
つまるところ「冗談じゃねーや!」と旧弊な親元を飛び出す事が
死によって購われる世界から,共に生きて行ける世界への転換を
可能性として示している事が肝要であって・・・
なんと壮大な若さの肯定なのだろう。
そして卑俗なレベルで照応すればコドワと仲間たちは田舎の青年団であり
硬派ヤンキーであり,外敵やだらしない大人たちを向こうに大暴れする訳で
カッコいい事この上ない。深遠で痛快。身のギッチリ詰まった少年マンガなのだ。

マッドメン (1) (創美社コミック文庫 (M-1-1))マッドメン (1) (創美社コミック文庫 (M-1-1))
(2006/07)
諸星 大二郎

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コメント

私も中学の頃に何度も読みました
タンバランの祭の場面や,最後の地下の海が印象的でしたね
傑作だと思います

URL | 通りすがり ID:-

はじめまして。
「ここにお前たちの幸せがある」
なんと力強いメッセージでしょう。
骨太な感動があります。

URL | 空缶 ID:-

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